早いもので、あと5ヶ月足らずで定年退職を迎えます。この38年の間、喜び多い教師生活を送ることができたのは私を支えてくださった多くの皆様のおかげです。本当にありがとうございました。こうして還暦を迎えますと、皆様一人一人が思い浮かび、感謝の念が日に日に強くなっているこの頃です。
さて、先日の10月21日に広島皆実高校1年生の教師志望者を対象に、「高校生のためのキャリアガイダンス(教師編)」を行いました。何を柱にどのような方法で自分の思いを述べれば良かったのか、その難しさを痛感した50分間でした。ここではその反省を踏まえて、教師を志望する人に少しでも参考になればと、「入門編」としてまとめてみました。
教員資格は手順を踏めば、誰でも取れます。大学や通信教育で教育実習を含めた規定の単位を取ればいいのです。そして各都道府県・市の教員採用試験に合格すれば公立学校の教員に採用され、私立学校はそれぞれの学校で独自の試験が課せられます。いずれにしても、その年によって採用人数は異なっており、教科によっては採用試験さえないものもありますので気をつけてください。
しかし、教員資格を取っても師と仰がれる「教師」には、たゆまない磨きと多くの経験が必要です。ここでは「教師」という目標を達成するために少なくとも学生時代に考え、取り組むべき5つのステップを考えてみました。
第1のステップは、どんな職業につくにしても最も大切な根っこの部分です。「何のために生きるのかという価値観」すなわち人生の目的となる『人生理念』を自分なりに考えてみてください。
ミートホープは豚肉を牛肉として消費者をだまして売っただけでなく、半額セールに群がる消費者も悪いとのたまいました。お金をもうけることのみが目的となったこの会社は、とうとう良心の呵責に耐えられなくなった社長の息子によって告発されたのです。もしこの会社が「社会貢献」という価値観をもち、消費者の喜びを会社の喜びとしていたならば、こんなだまし討ちどころか、日本中の牛肉を調べ、正しい情報とともに適正な価格で美味しく消費者の喜ぶ牛肉を提供することに本気になっていたことでしょう。本気のエネルギーは理念が正しくなければ出ないし、理念なき生き様はこの告発のように挫折の人生が待っています。また、正しい理念は私たちの人生に「勇気」と「喜び」を与えてくれます。「世のため人のために社会貢献の人生」を送るという『人生理念』を持つ教師は、どんな困難な状況であろうとぶれることなく「勇気」と「喜び」を持ち続けられます。役に立つ生き方に喜びを見出し、勇気ある人生を送る教師に是非ともなって欲しいものです。このように、正しい価値観からなる人生の目的を設定することがどんな職業につくにしても最も大事なことなのです。
第2のステップは、どんな人になりたいか(人物像)、どんな生き方をしたいか(ライフデザイン)を心に強く思い描く『人生ビジョン』です。
広島皆実高校サッカー部が3年前に全国サッカー選手権大会で優勝しました。この時、レギュラーはおろかベンチにも入れない3年生が、「自分達はチームのために何ができるか?国立競技場で優勝するためには何をしたらよいか?」をとことん話し合い、自分達の役割を明確にし、サッカー生活をいかに過ごすべきかというビジョンを打ち立てたのです。彼らは理想的な自分達の姿を思い描き、思い描いたことは「100%絶対やる」という覚悟で日々の練習に取り組んだのです。漠然とした練習・サポートではなく、彼らが思い描いた「頂点を目指す」という『人生ビジョン』がサッカー部全員のものとなり、優勝の原動力
になったのです。このように人間は自分の未来をデザインすることができるのです。理想的な自分の未来をデザインすることは、どんな教師になるかという、より具体性を持った次のステップへとつながっていきます。
第3のステップは『目標の設定』です。「よりよい教師になるための4つの目標」としてまとめてみました。
一つ目は『磨かれた感性』です。生徒と共感し、生徒の喜びを自分の喜びとする豊かな感性を育んでください。学生時代はクラブ活動やボランティア活動、自分の趣味などに打ち込んで仲間とともに喜び多い生活経験を積むことも一方法です。私はよく「ついている」「感謝します」「ありがとうございます」の3つを『魔法の言葉』として、自分に起こることがたとえ理不尽なことであっても、「う〜ん、これはついている、ついている」とすべてのことを意味あることとして感謝し、ありがとうの気持ちを持ち続けるよう心がけています。未熟者ですから日々反省しきりですが、反省しながらでもこの3つの言葉を大切にしようという気持ちを持つだけでも、やたらと腹を立てたり、人の悪口をいったり、愚痴をこぼしたりのネガティブな感性はなくなり、謙虚に前向きに物事をとらえることが多くなります。
また、生徒の幸福を願うならば、まず自分が幸福にならなければなりませんし、自分が幸福になるためには、自分のことを大好きになることが大切です。「幸せな人」は自分のネガティブな部分をしっかり見つめて、「それがどこから来るのか」という理由を知っている人です。
大相撲冬場所で大関に昇進した稀勢の里の躍進のきっかけは、「今まで嫌で見ていなかった負けた取り組みを、何度も何度もビデオで見ることによって、自分の弱さと向き合い、弱い自分も真面目な自分も大好きになって稽古に励んだ」と述べています。
自分を理解することができれば、自分の弱点をも丸ごと受け入れ、自分を無条件に好きになることができます。自分のことが好きになれば脳も安定し、生徒の喜び・悲しみに共感し、生徒を心から愛することができます。このように、自分のことを好きになることが『磨かれた感性』の土台であり、生きるエネルギーになると私は考えています。この土台と魔法の言葉を基にして豊かな感性を育み、生徒に対しても「自分のことを大好きになり、生きる力を持つ」生徒へと導いていってください。
二つ目は『コミュニケーション力』です。授業や担任業務ではもちろんのこと、生徒や保護者、同僚や管理職、地域の人々の思いを受け入れ、自分の思いを伝える必要があります。その方法は、磨かれた感性を持つ人柄を通してのみ誠意ある「ことば」や「文字」となって伝えられていくのです。
私は小学校からバレーボールを始め、60歳の今でも9人制バレーボールチーム「広島陵王会」の監督兼選手として、17歳から63歳の仲間と楽しんでいます。そのバレーボール生活の中で高校時代から心がけたことは、誰もが苦手として敬遠する先輩と極力コミュニケーションをとることです。みんなの苦手な人は私も苦手なのですが、「ここで逃げては男がすたる。この先輩を大好きになってやる」とパスや対人レシーブは必ずその先輩の所に真っ先に行くのです。映画評論家の淀川長治氏は「この世の中に嫌いなった人は一人もいない」と言われていましたが、どんな人にも輝くものがあることを前提に、好きなバレーボールを通じてコミュニケーションをとることを私なりにやっていたのでしょう。
お年寄りと話しをするのは昔から好きだったのですが、生来、引っ込み思案だった私が誰とでも楽しくコミュニケーションを取ることができるようになったのは、まずは自分の得意な分野での積極的な触れ合いを他の生活場面にも広げ、「なーんだ、やればできるじゃないか」という自然体としての「リラックスできる自分」になれたからだと思われます。みなさんも、テレビゲームやパソコンお宅になることなく、こうした個性ある人との触れ合いやさまざまな経験を積んで、「磨かれた感性を土台とした人付き合いの妙技」を味わい、『コミュニケーション力』を養ってください。
三つ目は『プロとしての学力』です。小学校ではほとんどの教科を教えますが、中学校や高校では専門教科を教えます。教えるプロとして、自分の専門教科はもちろんのこと、興味あるものはとことん追求することも大切でしょう。また、知識だけでなく、指導法も学生時代から学ぶべきです。教師になってからでも研修を積むことはできますが、そうした姿勢を学生時代から身につけておくことは、教科指導のできるプロとしての自信になります。
私の大学生活の中で、保健に関しては、仲間と新規ゼミを2つ立ち上げ、専門性を高めるとともに指導法も勉強しました。体育実技に関しては、私の専門のバレーボールを教えるかわりに、ハンドボール・サッカー・バスケット部のそれぞれのキャプテンに「その球技の奥義」を教わりました。体育実技の授業では、自分が経験したことをまず最初に展開するので、このキャプテン達との教え合いはとても助かりました。クラスの仲間の中にはこうした得意とするものを持っていますので、彼らから教わることも学生時代では大切なことです。
このように「自分の専門だけは誰にも負けないぞ」「誰よりも努力しているぞ」という『プロとしての学力』『プロとしての姿勢』を身につけてください。
四つ目は『多くの引き出し』です。私の大学時代には、恩師が「野外活動」を授業に取り入れられ、その経験が教師になってからずいぶんと役に立ちました。原始的に木の火熾しで火を着け、竹でご飯を炊き、発酵させたパン生地を竹に巻いてパンを焼き、グリーンアドベンチャーやオリエンテーリングをクラス運営や遠足などの学校行事に取り入れました。「集団宿泊訓練」や「遠足」ではもちろんのこと、「クラス運営」ではクラスみんなの親睦が深まり、その後の文化祭・体育祭・球技大会などで結束力が高まったことは言うまでもありません。嬉々として楽しく取り組んでくれた生徒の顔は、いまだに私の脳裏に深く刻まれています。私にとっての引き出しの一つは「野外活動」ですが、みなさんは、音楽やスポーツ、趣味など自分の得意とするものを学生時代に一つは必ず身につけておいてください。
そして、この4つの目標すべてに通じ、たやすく自己努力できるものは、「読書」と毎日の「新聞」の活用です。特に、新聞を毎日読む習慣をつけ、興味ある記事は切り抜き、項目に分けてスクラップしてみてください。教師としての力量を身につける大きな武器となります。
第4のステップは『逆算での計画化』です。目指す教師像をゴールとして、何をいつまで実現するかを「逆算」してください。
英会話の習得は、漠然とCDを聴いたり、英会話学校に行くだけではなかなか達成できません。何月何日にアメリカに行くというゴールを決めて英会話を学ぶと、漠然と取り組んだ結果より、より大きな効果が出たそうです。明確なゴールを設定することによって、達成への心構えが強くなって本気モードになったのです。
ハーバード大学の研究成果ですが「人生における成功も失敗も、85%はその人自身の心構えの結果であり、そこから生み出される人間関係の質と量と相関関係にある」と述べています。自分自身が心から求めるという本気の心構えはコントロールされた行為(行動)にあらわれます。その行為に「生かされているという感謝の気持ち」が伴えば、あなたの本気な歩みを支援する人も必ず現れます。ゴールを設定し、なにをいつまで実現するかの『逆算での計画化』で、本気の心構えをつくるとともに、人間関係をつくる接着剤「感謝する心」も忘れないでください。
第5のステップは『日々の実践』です。誰でもより良い人生を生きていくことができるし、どんな人間にもなり得ることができます。これが自分というものは本当はなくて、日々一瞬一瞬の選択の連続です。毎日がスタート、今日この瞬間がスタートで、このスタートをどのように選択するかで「望ましい私」とつながっていきます。他の人が出発点ならその人が変えてくれなければ変わりませんが、自分が出発点ですから、どのようにも自分で変えることができるのです。
「情熱大陸」を作曲した葉加瀬太郎氏は毎朝目覚めたとき、「今日会う人に、いかに喜んでもらうか」を必ず考えるそうです。彼にとって一番大切なものは、「愛」であり、「善意」なのです。毎朝のこのスタートが彼の本気の心構えをつくり、日々の実践となり、「愛をつむぐ」より良い習慣へとつながっていったのです。
このように『日々の実践』とは、悪しき習慣の壁を破り、より良い習慣をつくることでもあります。悪しき習慣は往々にして自堕落な心地よさをもたらしますが、より良い習慣は自立し成長する喜びをもたらします。私たちは幸福を選ぶ習慣をつくることによって必ず幸福になれます。やるかやらないかの選択を自己の価値観に照らし合わせて、日々自分で決めて実践してください。
私は多感な中学時代に、故山ア三喜男先生と出会いました。直接授業を受けたわけではありませんが、全校生徒に対する集団行動やバレーボールの指導に触れたときに、稲妻のような衝撃と何か言いしれぬ温もりを感じました。大きな声を一切出されることなく、やさしく私たちの善意の心に訴える温かい声で「気をつけ」「前ならえ」「解散」「集合」など全校生徒約1000人に対する集団行動に、中学生ながら、その指示にほほえみをもって心から身体が動いたのをいまだに覚えています。
バレーボールの指導も同様です。山ア先生が女子バレーボールの指導をしておられる隣で、私はすばらしい仲間とこれ以上ないくらいの一生懸命さで練習をしましたが、まったく勝てませんでした。当時の先輩コーチも反省されて、私の次の後輩から山ア先生の指導を学ばれ、連勝につぐ連勝という結果が生じたのを見て、山ア先生には「計り知れない何かがある」というオーラを感じたものです。それは今考えると、外的コントロールではなく「人は内側から動機付けられて行動するという」内的コントロールの指導だったのです。
それ以来暇さえあれば、バレーボールの指導法を学び、「人生いかに生きるべきか」の話を大いにしたものです。その歩みは高校と大学でも継続し、教師生活1年目から4年間、暇さえあれば私が住んでいた吉田高校高宮分校の官舎に来ていただき、同じ屋根の下で寝起きを共にしました。高宮は私の第二のふるさと、1勝もできなかった高宮女子バレー部が赴任2年目に三次地区で優勝できたのも、山ア先生の内的コントロールを重視された「人間尊重のバレー」が花開いたからです。中学時代からこの高宮までの14年間のバレーボールを通しての貴重な経験は、私の生きる糧となり、ものの見方・考え方に「人間尊重」の心を刻んでくれたようです。
「前進また前進それが人生!常に日本晴れの心で、人間の善意を信じる歩みを!」との教えを受け、「生徒の姿はすべて私の責任」「生徒の前では少なくとも3秒間は神の心で」「役に立つ歩みこそ生きがい」この3つのことを大切に、高宮の地で体育教師の道を歩み始めた私ですが、本当に多くのみなさんに支えていただきました。
『人生の理念・ビジョン』を山ア先生のおかげで中学時代から触れることができ、高校では空田有弘先生、大学では西村清巳先生が『教師の在るべき姿』をその後ろ姿で示してくださいました。本当に感謝に堪えません。3人の先生方は、確固たる『人生理念』と『人生ビジョン』を持たれ、使命感ある教育活動をぶれることなくしておられました。生徒の喜ぶ顔を見るためにはどんな苦労もいとわない、むしろ、そうした苦労もまた楽しく喜びとする前進あるのみの教師像として、私の手本となっていました。
教師は私の人生に大きな喜びと生きがいをもたらした職業です。3人の先生方や葉加瀬太郎氏に負けないよう、夜寝るとき、毎朝目覚めたとき「生徒の喜ぶ笑顔を見るためには何をしたらいいか」を思い続けた38年間でした。教師がロマンを持たないで、どうして生徒と夢を語ることができましょう。教師が笑顔を見せないで、どうして生徒の笑顔を見ることができましょう。おかげで、夢を語り合った笑顔あふれる多くの教え子たちが、自慢の教え子として私を乗り越え巣立っていきました。私の人生のキーワードを「スマイル・ライフ」、部活動は「ハッピー・スマイル・バレー」、ニックネームを「スマイル・ケン」としているのも、『スマイル』がこのストレス多い時代に私たちの心に喜びをもたらし、『心の扉を開く鍵』となってくれたからです。
みなさんの肩に青少年の未来がかかっています。どんな生徒も幸せになりたいと思っています。多くの子供たちが虐待され、3万人以上が自殺し、2分2秒に1組が離婚し、今では年寄りがいじめられている世の中です。教師も生徒も、土台となる一番大切な目的を正しく設定し、思考と行為をコントロールすることによって、より良い人生を生きていくことができます。さすれば、ハッピーでスマイルあふれる世の中になること間違いありません。
私も来年からはリセットの人生です。「世のため人のため役に立つ生き方」を今まで以上にする覚悟です。
みなさんのますますのご健康とご活躍を心より祈っています。 |